[医療現場の失敗学] 承継後、勤務体制の変更で退職者続出!?

「リスクが低くなる」という感覚があってか、継承によるクリニックの開業が年々増加傾向にある。承継時、クリニックが通常運営されている状況であれば、地域の患者との関係もできているので、問題がなければスタッフをそのまま雇用するケースが多い。

通常、クリニックでは、院長が自分の診療スタイルを考え、自身が診療しやすい体制でスタッフに応対させている。継承する側の医師は、引き継ぐ前に診療し、クリニックの状況を把握しようとするが、短時間でスタッフの仕事ぶりや性格までは把握できない。そのため、承継後、自分に合った診療スタイルや勤務体制の是正を急ぐと、スタッフが「厳しくなった」と感じ、変化に付いていけないスタッフが出てくる。最悪の場合、退職者が出ることもある。

 

■全スタッフを引き継ぐ形でクリニックを承継


一人医療法人で、内科とリハビリテーション科のクリニック。デイケアを併設。院長は68歳で、親族に後継者はおらず、体力的な限界を感じていたので、元気なうちにと、譲渡先や後継者を探し始めた。非常勤の医師など数人の候補者がいたが、承継時期が折り合わず、このままでは数年以内に閉院するしかないと考えた。そこで、第三者への承継の可能性も探り、人材紹介会社に声を掛けたところ、運良く候補者が出てきた。譲渡金額など、いろいろ問題はあったが、最終的に話がまとまった。紹介会社への手数料は500万円だった。

承継前は、スタッフが多めで、少し余裕のある運営体制。そのため、当初、人員を調整する話も出たが、労働基準法で人員削減をするには本人の同意が必要なこともあって、結局、トラブルを避けるためにもスタッフ全員を引き継ぐ形での承継となった。

スタッフは、院長の高齢化で、クリニックの将来に対する不安を持っていたので、45歳の新しい院長を、好意的に受け入れた。そのため、承継を理由とした退職者は一人も出なかった。比較的高齢のパートスタッフも、できれば長く仕事を続けたいと要望が出るほどであった。承継後しばらくは、お互いに様子見という感じで日々の診療をこなしていた。業務変更もなく、スタッフ体制は今までと同じであった。

■不要な残業が発生しないように、勤務体制を変更


新院長は初めての開業だった。新規開業であれば、赤字からのスタートで患者が少しずつ増えていく「我慢の経営」となるが、承継開業では当初から黒字経営が基本で「どう収益を出していくか」という考えとなり、投資対効果を求めていく。部門の採算チェックや効率化の検討、無駄を省くにはどのようにすべきかと常に考える。当然のことである。

最初に検討に入ったのは事務部門だった。以前、入れ替わりが多い時期があったため、スタッフは4人と、余裕を持った人員体制。勤務体制は、日曜が休診で、ほかに一日プラスする週休2日制。勤務表はスタッフが作成し、有給を含め休日はすべて基本的に本人の希望を受け入れる形で勤務が組まれていた。月々の給与を確認すると、ほかの部署に比べて人員の余裕があるにもかかわらず、休みが多く、残業も平均25時間程度。数年前までは3-3.5人のスタッフで回していたようだが、前院長もあと数年ということもあって、スタッフの入れ替えがない方が良いとの考えで現在の形での運営をしていた。

3か月ほど様子を見ていたが、「外来の人数に比べて人員体制に余裕がある割には残業が多過ぎるのではないか」と院長から相談を受けた。「この外来数であれば3人でできませんか?」と聞くので、「能力もありますが、できるはずです」と答えた。

4人合わせた残業代は、約1人分の人件費(16万円前後)になる。その上、有休や希望の休みが自由に取れる体制で、クリニックではあまり見られない環境だった。ほかの部署ではそのような状況はみられなかった。

そこで、どのようにコントロールしていくか勤務表の作成方法と残業について検討した。まず、これまでは日曜以外の休日を自由に決められたが、基本的に木曜と土曜に決定。レセプト提出の準備で忙しい時期は4人体制で対応し、その期間中の休暇は原則認めず、レセプト点検を就業時間中に進められるように指示した。ほかの平日は早番遅番のシフト体制を組んで、残業が少なくなる方法を取り入れるように指示をした。さらに、これまでの「だらだら残業」について是正するように注意。この体制で業務に支障が生じるようであれば、勤務時間や人員体制を再検討しようということでスタッフに協力をお願いした。

 

■残業代がなくなると困ると、退職者が続出


そうして1か月が過ぎようとしたころ、常勤スタッフのCさんから家族の都合でパートになりたいとの要望が出された。人員削減案も検討していたので承諾した。

すると、翌日もう1人のスタッフBさんから退職願が出されたと連絡があった。医事課のスタッフの中では一番退職してほしいと考えていたスタッフ。これで一度体制を組み直すことができると考えた。そのクリニックでは3か月前までに退職願を提出し、退職日を相談することになっていたが、Bさんの退職日は1か月半後であった。本人を呼んで退職理由を聞いたところ、「もともと給与が安いので、残業で稼がないと生活できないので」と言う。そのような話は前院長から一度も聞いたことがない。そもそも、残業は上司の許可の下で行うもの。そのような考え方は全く通用しない。要は、新院長の下で働くのは嫌だということである。

すでに翌月の勤務表も作成されていて、院長の許可も得ずに勝手に有休を消化する勤務表となっていた。「退職日や有休についてもう少し検討できないか」と一応聞いてみたが、すでに退職日の翌日から次の勤務先が決定しており、話し合えるような余地はなかった。理由にも辞め方にも問題がある。正直、「辞めていただいて正解」という感じであった。

しかし、そういう経緯だったにもかかわらず、提出された退職届の理由には「組織改編により」と記載されていた。特に組織体制を変えたわけでもない。ただ、勤務時間内に仕事が終われるように工夫しただけである。休暇も雇用契約通りに取得できる。そこだけは訂正させなければならないと考えた。Bさんを呼んで、「組織改編って何のことですか?退職理由は自己都合になりますよね」と話すと、「分かりました」と了解した。その後、CさんとDさんの前で書き直す様子が見えた。

そして、新たなスタッフの募集などを検討することを決めた翌日、また連絡があった。さらに、勤務3年目のDさんからも退職の相談があったという。「スキルアップのために病院で働きたい。残業を制限されると給与が少なくてやっていけない」というのが理由だった。勤務当初からステップアップのために転職を考えていたと言うが、Dさんの話は金銭面が主で、実際のところは新院長の下では働きたくないという感じであった。

残業規制や勤務形態の変更が1つの理由になったことは間違いない。その前日、退職届を出したBさんにも相談したと話す。

しかし、業務内容が増えたわけではない。仕事とは恐ろしいもので、ゆったり仕事をさせていると、いつの間にかそれが通常業務となる。残業を管理しなければ、その収入をあてにする。ちょっと忙しくなると、「大変だから人を増やしてほしい」と願い出る。楽な方向へと流れてしまい、いつの間にか自分たちは一生懸命仕事をしていると勝手に思い込む。「みんな変わった方がいいね」という院長の言葉に、「その方がいいようです」と答えるしかなかった。そして、スタッフ全員入れ替える準備に取り掛かることになった。

 

雇用したのはあくまで前院長で、新しい院長とスタッフ全員がうまくいかないのは当然かもしれない。新院長としても、自分で採用したスタッフでなければ気持ちの上でも辞めさせることに抵抗はない。それに、いったん、ぬるま湯に漬かったスタッフはなかなか元には戻れない。スタッフにとってメリットと思えない勤務変更をすれば、不満が出て、面白くなければ辞めていく。そのようなスタッフには辞めていただいて結構である。中には、話し合って次々に辞めて困らせようとする者もいる。そのような状況を把握し、うまく是正しようとしても、なかなか思うようにはならない。そういう意味でも、承継の場合にはスタッフが退職する確率が高くなる。

承継後、何か問題があれば是正しようとするのは当然のことである。スタッフがあまりに楽な仕事環境は決して経営者にとってプラスにはならない。承継前のスタッフの確認は重要なポイントである。一定の期間内にスタッフ全員入れ替えるくらいの覚悟が必要ではないかと考えさせられた。

 

 

 

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